🆕 天照大神様 晴れの神様の謎がわかりました‼️ ルーツは阿波の国にあり

 今年の7月の前半は天気が良くなくて
雨が多くてツアーの行き先に迷って
いました。その時に喜茂別町の畑の中に
天照大神様の碑を見つけました。
晴れの神様にお祈りしようと、みんなで
手を合わすと、その日のツアーが奇跡的に
良い天気になったので、その後その場所を
通るたびにお祈りして晴れ祈願をして、
天照大神様の左側にある馬頭観音様は、
旅の安全祈願の意味もあって、最高の
パワースポットになりました。
その後同じ碑が倶知安町の畑の中にも
2つ見つけました。ツアーの行き先にある
ので、毎日のようにお祈りするようになり
7月中旬以降のツアーの晴天率が、9割以上
晴れになり、欠かせないものになりました。
不思議な事に、ずっと羊蹄山が見えてなか
ったのに、この碑の前に行くと山頂が見え
たり、虹が架かるようになりました。
 碑は五角形で、天照大神様の他にも
神様が名があり農業の神様や名前で、

天照大神(あまてらすおおみかみ)
(太陽の神)
稲倉魂命(うかのみたまのみこと)
(食物の神)
少彦名命(すくなひこのみこと)
(農耕の神)
埴安媛命(はにやすひめのみこと)
(土の神)
大己貴命(おおなむちのみこと)
(別名大国主命(おおくにぬしのみこと)
農耕の神)
いずれも農業と深いかかわりの神様です。
11月に洞爺湖でも見つかり、最近ついに
ニセコ町にアンビシャスの近くにもあり
ました。大正時代に立てられた碑がいつ
いろんな所にあるのか不思議に思って、
五角形の天照大神様の碑で調べてみると、
ルーツがなんと阿波の国、四国の徳島に
ある事がわかりました。北海道の開拓時代
四国から多くの人が入植して、碑を建立
したそうです。皆さんの周りにも五角柱の
地神碑があるかもしれません。見つけたら
ぜひ教えてください。

https://www.city.sapporo.jp/kitaku/syoukai/rekishi/episode/062.html

 

地神さん

徳島県(「阿波藩」)独特の祭礼に「地神さん」がある。 徳島県内のどの神社(村)に行っても、 頂上の石が五角形の「地神さん」が見られる。 神社の境内に祀られている事が多い。 代表的な「地神さん」 墓の造りにも似た、この形態を持つ神塔を「地神塔」と言う。 一般には親しみを込め「地神さん」と呼んでいる 私の母は尊敬の意味を込め「お地神さん」といっていた。 「地神さん」とくらし 寛政2年 藩主:蜂須賀治昭は、神職早雲伯耆の建白を受け、 県下全域に「地神さん」を設置させた。 当時、淡路は阿波藩であったため、淡路にも同じお触書があった。 「地神塔」を建てると共に、社日には祭礼を行わせた。 社日は、春・秋の彼岸に一番近い「戌」の日。 その日は、農耕を休み「地神さん」の周りで祭礼を行う。 その日に農作業をすると地神さんの頭に鍬を打ち込むことになる といわれ、 忙しい時期ではあるが、総ての農家が農作業を休んだ。 「地神さん」の周りには注連縄を張り、沢山の供物が供えられた。 時間が来ると、その供え物は子供達に分け与えられる。 その日、子供は「地神さん」の周りに集まり お下がりを頂くのが楽しみであった 子供達はこの日のことを「おじじんさん」と呼び、 楽しい年中行事の一つとしていた。 「地神さん」の形態 全国的に見られる地神碑   台座と自然石で作られた地神碑。 阿波藩で普及した「地神さん」 基本形 積み石で築かれた台石 上に一枚叉は二枚の石で作られて台座が載る。 その上に、四角形の石 更にその上に、円叉は五角形の石を置き 一番上に、五角柱の心石が乗るという形をとる。 一番上の五角形の心石が「地神さん」の特徴。 ただ、 山間部などでは、台石が省略されたり、 台座が省略されるものもある。 「地神さん」の伝播 阿波藩独特の祭礼行事ではあるが、 香川県の南部、 岡山県南部の瀬戸内海に面する部落 北海道では阿波藩からの入植者のいる地域 等で「地神さん」が祀られている。 藩主から指示された祭礼行事ではあるが、 農民や地域に定着し、それが人の交流と共に伝播していたと思われる。 「地神さん」の分布 「地神さん」は、阿波藩では全域に分布している。 その数は、約2000基になると飯田義資氏は推定

kangawa.life.coocan.jp

 今日のツアーのビデオは、青く凍る
氷瀑のツアーです。ご覧ください

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